とある地域の妖怪事典blog

下野国を中心として、怪異妖怪俗信など広く拾っていきたいと思います。地域の文化や伝承の再発見、教育のためなど広くご活用いただければと公開しました。

【こらむ】大佐用のこと・栃木の智子さん

佐用156にこのblogが。
(http://yokaidoyukai.ho-zuki.com/taisayo156.htm)
また、この記事以外は淡々と更新していきますが少しかわったことを記念として。
氷厘亭氷泉さんは稀代の俗信愛好家である。
佐用ではミミズの絵を書いてくださった。
ミミズがなくという近世から「不思議」で「怪しまれた」知識が今も話題にされているからといって、妖怪を冠したblogにのせていいのかとも思った。ミミズは妖怪ではないだろう。
妖怪に近しい周辺の情報も載せたほうが使えるのではないか、という方針からとった。
俗信を取り上げることで妖怪の範囲を広げようという意識はないので、まとめるときにはまた機会があればこらむなどで述べる必要もあるだろうが、とりあえずこのblogは事例収集の場になっている。(打ち明けてしまえばその事例は日本怪異妖怪大事典にのせても平気そうなくらいの範囲を観測している。つもり。)
たとえばソラデについても俗信だが、妖怪と関わる事例もあるようで、これらはまとめきれず、一度全国の事例と私の聞き書きについて下野民俗にでも論じた上でまとめようと思う。
また、単なる俗信たちの多くは一端下書きにしてある。俗信を含むと書いてあるとはいえ妖怪事典に載せるのはやはり迷ったからであろう(自分のこととはいえ昨日と今日では違うのだ)。
式水下流さんもこのblogについて宣伝下さったようでそれ以降見に来るかたがおり、怠ける更新をとりあえず続けられている。
前後の文脈は忘れたがそもそもは事典をつくりたかったがなにもしないでいるときに、廣田龍平さんに気持ちの面で後押してもらい、(廣田さんの言葉は常にどこか特定の地域を出身地と呼べる自分という存在についてまで考えることになった。)異類の会などで発表し、申し訳程度にほそぼそとやっていた。

経緯はこれくらいにして書くべきか迷った記事を公開する。
なぜ迷ったかと言えば、以下に引用される報告の記述がかなり問題があるからである。
批判せずに無視をして良いのではとも思ったが、たまにはこういう記事も書くことにする。
尚、この記事は別の媒体に移すことになるかもしれないが、とりあえずblogで公開する。
とりあえずいろいろ悩んでいるが、良いこともあった。栃木に妖怪はあまりいないと思っていたが、日光や那須は近世とすぐにつながる。柳田の妖怪名彙も芳賀郡と関わりがある。芳賀郡土俗研究をみると、柳田や南方熊楠、高橋勝利、中山太郎といった研究者について言及せざるを得ず、それは民俗学について考えることにもなる。かなり勉強になっている。また、本県では学校の怪談ブームのときには教員の研究者が多いため多くの調査報告がなされていることも特徴的だ。



高橋敏弘「「栃木の智子さん」という妖怪」(「西郊民俗」153号 1995年 p46)にある。
全文を引用する。「昨今「学校の怪談」が、子供間で流行っているが、この中に「トイレの花子さん」がある。とうとう、映画にもなったこの妖怪は、全国に分布している。
その名称も統一されているが、たった一つ別の名が存在していた。それは栃木市大和町一帯(引用者注 倭町のことか)で、大正時代から伝わっているものである。「栃木の智子さん」といい、次のようなデータがある。
1.背が高い、三〇歳くらいの女性である。
2.顔は丸顔。
3.目がクリッとしている。
4.口がやたら大きい。
5.肩はばがある。
6.怒らせると、追いかけて来る。
7.弱点は、雷である。悲鳴を上げて逃げ出す。
8.妖怪のくせして、幽霊を極端に怖がる。
9.服装は、黒ずくめ。
10.出現場所は、トイレでなくて、路上である。
11.こちらから、危害を加えないと、逆に福神的存在になり、智子さんの来た家は、栄える。怒らせると、殴られる。
12.怒らせると、タタリが来る。
13.守り神でもある。
最近この妖怪が、東京都でも目撃されたという、情報がある。目撃場所は、目黒区と渋谷区の代官山付近。しかし、どうして昔から一ヶ所でしか目撃されていないものが、東京で目撃されたか全く不明である。(平成七年八月二七日採集)」
とある。

どのようなデータをもとにしたのか不明であるが、智子という漢字まで指定されているため、口承での伝播でなく文献があるのかもしれない。トモコは智子と限らないだろう。
妖怪で花子と別の名前があるのならそれは別物ではないのかと思うが、なぜかトイレの花子さんと関連付けられている。
また、要素を見ればわかるように、トイレに出ないためもはやトイレの花子さんと関連する要素は不明。
栃木市の倭町で、大正時代から伝わっていたとすると、花子さんの古い例である1948年頃のものよりもかなり遡っているため別物と考えた方が良いだろう。
口裂け女人面犬のように、ビジュアル面での設定も多い。目がクリッとしているなど、かなり視覚面が強調されている。つまり、なんども口にのぼりキャラクター形成がされた人気の妖怪であったか、人々に噂の核になる情報源があったことなどを想定できる。しかし、そうしたものが見つからない。
全国的な噂の分布や様々なメディアでとりあげられることもなかったようである。
2010年代の栃木市の子どもたちからもトイレの花子さんの噂はまま聞かれることがあるが、この妖怪は聞かれない。学校の怪談の影響もあるだろうが花子さんは根強い。また、平成の学校の怪談ブームを経験した栃木市民も観測の範囲内では「妖怪 栃木の智子さん」の話はしたことがないようだ。
さらにいえば、この話を当該地域で聞き書きをすることができたかといえばほぼありえないといえる。
その理由として、栃木で智子さんといえば、出身のタレント山口智子が口にのぼることは避けられないからである。現在でも世代によってまま話に出る。
また、1995年は山口智子の31歳であり、当時は特に人気の女優であった(また、偶然だろうが、当時は背が高い三〇歳くらいの女性である。また、余談だが山口智子は、この号の西郊民俗が出る二日前に結婚をしている)。
栃木の人が「栃木の○○」という名を妖怪に付けることは通常ありえないので、栃木を外から眼差したものが生み出した妖怪であろう。
「しかし、どうして昔から一ヶ所でしか目撃されていないものが、東京で目撃されたか不明」というのも情報源が不明なため、誰が東京で目撃したのかわからない。なぜそれらは同じものと解釈されたのだろうか。智子さんの来た家というのはどこにあるのだろうか。
問題が多い報告であるが、こうした記事も検証されることも必要かもしれない。信頼できない記事であると思ってしまうが、すべてが間違いではないかもしれない。情報源が明らかにされることを期待する。


参考
「T妖怪の謎」「うしみつのかね」 ( http://raira314.web.fc2.com/T-youkai.html 2018年10月12日閲覧 )
川島理想「変貌する「トイレの花子さん」像」「世間話研究」23号 2015年