平成六年現在に四十代の男性が記憶していた話。宇都宮の桜通りは昔は五百本もの桜が植えられ、陸軍第十四師団の軍道であった。今の宇短大付属高校の辺りに蓋が閉まったままの古い井戸があった。
昔、兵舎があったころ、この井戸で、ある兵隊がお昼に使った飯盒を洗っていたが、手が滑って落としてしまった。
軍隊ではたとえ飯盒一つでも天皇陛下のものといわれて大切にしなくてはならなかった。井戸は深く、飯盒は取れそうにもない。兵隊はその晩、井戸に身を投げてしまった。
それから夜になると井戸の底から「はーんーごーう」という声が聞こえるようになった。子供の頃には夏になると肝試しだといって井戸を見に行った。(下野民俗研究会月曜会『民話の海へ とちぎの新しい民話集』随想舎 1994年p240~243)